2007年10月14日

ナイン・ステイツ・ストライクス!!!第五撃


 9月16日の続き。

「山荘無量塔(さんそうむらた)」

 由布院にある高級旅館。「無量塔」の「無量」は「はかりしれない」という意の仏教用語であり、「塔」は「建物」を意味するのだという。

 部屋は全て貸切の離れであり、3,800坪の敷地にたった12室が点在する。各地より探し出した古民家を1年がかりで移築し、モダンにアレンジ。インテリアには骨董や美術品に造詣の深い社長によって選ばれた、カッシーナや李朝家具、バカラのアンティークやルオーの絵画、掛け軸などの“本物”の名品がそれぞれの空間に合わせて、さりげなく置かれている。創建は1992年と歴史こそ浅いものの、その見事なコーディネートと「折り目正しく、出過ぎぬこと。客室は、広く、清潔で、居心地よいこと」をモットーとする極上のサービスとで、あっという間に老舗の「由布院玉の湯」「亀の井別荘」と並ぶ、由布院を、ひいては日本を代表する名旅館の座を獲得。『由布院御三家』の一つと数えられるようになった。

 そんな名旅館を前に我々は。


「うお!? なんだこのプレッシャーは!?」
「敷居たけぇぇぇぇ!!!!」
「ほ、ホンマに入ってエエんけ!? ま、MADお前入って聞いてこいちょっと!」
「お、俺ッスかー!?」


 超ビビっていた。


 なんて言うかですね! ぶっちゃけ世界が違うんですよ! ド平民が間違ってベルサイユ宮殿に紛れ込んだみたいなもんですよ! まあ、ベルサイユ宮殿、平民が観光に入ってきても良かったらしいけど。王妃が出産してるとこ、平民やお付きに公開で見せてた国だしなあ、フランス。

 それはともかく。あふれる高級感。ただよう上質感。俺は思った。場違いだ。

 しかし、ここまで来てのうのうと帰るわけにはいかない。でなければ、なんのために我々はここまで来たのか! 車で5分の道のりを、道に迷って30分かけてまで来たのだ。ここで帰るわけにいかん!

 俺は「事務棟」と書かれた建物の扉を敢然と開けた。そこは、オレンジと黒の国だった。日本の旧家を改造した土間のような空間が広がり、黒光りする木で組まれた受付が待つ。

 俺は意を決すると、受付にいるお姉さんに近寄り、声をかけた! ちなみに、そのときの俺の腰は、3kmは引けていたと後世の歴史家は伝えている。

「すすすすスイマセン!」
「はい」

 ニッコリ。笑んだその顔の、なんと上品な事よ。俺とねんごろになれい!じゃないや、あのあの、Tan's Barはどこでしょうか!?

「そちらをまっすぐに行って頂いて、扉を開いたところになります」
「ありがとうございます!」

 ちなみに、この時バッテリー切れだった俺のケータイの充電をお願いすると、快諾して下さいました。ありがとうございます。おかげさまで助かりました。ついでに俺のハートも充電満タンになっちゃったんですがどうもなりませんかそうですか。

 さあ、Tan's Barの場所も知れた! これで勝ったも同然だ! ちなみに何に勝つかはサッパリだが、とりあえずさあ行きましょう! Let's Barですよ先輩諸氏!!!


 そしてようやくたどり着いたTan's Barであったのですが。


 ス ゲ エ い い 。


 オレンジ色にほの光る照明。素人目にも上質と知れる調度品。ぱりっとした服を着た、気の利くバーテンダーとウェイター達。そして、巨大なスピーカーから流れるジャズの音色。


 まさしくこれこそが「大人の時間」だ。


 昔、友人二人となんの気なしに入った京都のスペイン居酒屋で、思いがけずJazzの生ライブに行きあったことがある。旨いメシを食い、ボーっと耳を傾けていると、いつのまにか目を閉じて聞き入っていた。ふと目を開けると同行の二人も同じ体勢。口元には、知らず笑みが浮かんでいた。あの時俺は、初めて「大人の時間」というものの存在を、「贅沢な時間」というものの存在を知った。

 ここで流れているのも同じ時間だった。決して大声ではなく、さやさやと交わされる会話。カラン、と音を立てるグラス。包み込むように鳴る柔らかな音色。そして、口元に浮かぶ微笑。

 そこでは、時間の流れが違った。世界を変える夜の魔法があった。俺たちはとりとめもない話をし、訳もなく笑った。子供の頃見た、ハリウッドの大人向け映画。クラーク・ゲーブルやハンフリー・ボガード、マルチェロ・マストロヤンニが銀幕の向こうで過ごしていたような時間。子供の頃には過ごせなかった、このメンバーと、今だからこそ過ごせた時間だった。こんな時間が過ごせるのだから、大人になるのも悪くない。


 1時間半ほどをここで過ごして、俺たちはバーを出た。M先輩が言った。

「バーといい、雰囲気といい、素晴らしい宿やな。一度泊まってみたいな」
「やな。今泊まってる宿にちょっと足したら泊まれるんやろ? やったら、年に一度やったら、こういうとこに泊まるのもいいなあ」

 M先輩の言葉に同意し、そう続けたN先輩に、俺はニッコリ笑って言った。


「一泊5万からですが?」


 4人の絶叫と怒号が夜を切り裂いた。



 その後、俺は宿内のセレクトショップへと足を向けた。ここに限定のチョコが売っていると、ガイドブックで読んだのである。お土産に買おう。そう思って足を運んだのである。


 そして、俺はここで再び、山荘無量塔の凄さを知るのである。


 そのセレクトショップには、一人の男性が店番として立っておられた。時間は本来の閉店時間である10時の10分前。閉店作業を行う時間帯である。

 俺とともにそこを訪れた友人Sが、部屋に備えられているのと同じ物とおぼしき、作務衣風の夜衣やらなんやらを物色し、買う間、彼の人はにこやかに応対し、そんなことはおくびにも出さなかった。まあ、そんなことはちょっと小マシな接客業なら、基本の基本だ。

 俺が感心したのは、その時の接客トークだ。親しみに溢れながら、決してなれなれしくない。俺も同じ接客業だから分かるが、接客で一番難しいのは、この「お客に“特別感”を抱かせる接客をすること」だ。

 通り一遍の接客トークから、一歩踏み込んだプライベートの話を引き出しつつ、相手に圧迫感や不快感を抱かせない。むしろ胸襟を開いて「仲良くなった」心地よさを抱かせて帰す。このさじ加減は非常に微妙で、しかも人によって変わる。

 この店番の方の、その辺の呼吸を読む感覚と、距離感は絶妙だった。

 快活で、清潔で、打てば響くように気持ちよく返事が返ってくる。関西から来たと言えば、自分も神戸出身だと答え、会話のリズムが心地いいとさらりと褒める。泊まりたいけど予約が取れないと聞くと、ご迷惑をおかけして、と謝って、これ以上だとお客様に満足なサービスが出来ませんで、と受ける。センスが良く素晴らしい宿だと褒めると、礼を言った上で、玉の湯さんや亀の井別荘さんと比べると歴史が浅いもので、必死でやっておりますと謙遜するが、決してその笑顔は卑屈ではなく、驕りではなく誇りが透けて見える。

 久々に、同じ接客業として感動しました。俺も頑張らなきゃなあ。本当に、一度ここに泊まって、食事や他の従業員さんのサービスも味わってみたいものである。


 ところで。

ナイン・ステイツ・ストライクス!!!第五撃

 お土産に買った山荘無量塔特製お茶チョコ。掌にすっぽり収まるコンパクトサイズで5枚入。


 1 , 5 0 0 円 。


 写真の5箱だけで7,500円ですよハッハッハ。


 ・・・。
 ・・・・・・。
 ・・・・・・・・・。(プシッ)←耳血吹いた


 マジですかー!? つか、1枚300円!? サイズから言やあ、一口150円くらいの換算ですよ!? 日本はいつの間にそんなハイパーインフレに!?


 会社では、1枚ずつ配りました。こんなん一箱ずつ配ってられるか破産するわボケー!!!

 貧乏って哀しいね。でもいつか俺もこんな宿に泊まれる身分に!! 俺はコブシをグッと握り、ショウウィンドウのトランペットを眺める黒人少年の瞳で山荘無量塔を見た。その目尻に、一筋光るものが流れていたと後世の歴史家は伝えている。

(続く)


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