2007年09月19日
キャミソーラ。
あるところに、キャミソールがとっても好きなおじいさんがいたんだ。可愛くて、色っぽくて、はなやかなキャミソール。おじいさんはいつも、それをつけた女性を見ては「ちょうちょうのようだね」と目を細めて笑っていたんだ。
「ばあさん、お前も着てみてくれないかい」
「いやですよう、恥ずかしいもの」
「そうかねえ。お前なら似合うと思うんだけど」
そう言っておじいさんは、また目を細めて笑うのだった。
夏が過ぎ、秋が行き、冬が巡って、また春が来て。二人はとても仲良しだった。
そしてある暑い夏の日、おばあさんは眠るように息を引き取った。
子供達がお葬式の準備をする中で、おじいさんはただお婆さんを見ていた。おじいさん、ゴメンよ。近所の奥さんが、おじいさんに話しかける。おばあさんを、きれいにしてあげなくちゃいけないからね。
よく洗ったタオルを準備すると、ごめんよと言って、となりの奥さんはお婆さんの着物をはだけ、あれまあ、と声を上げた。のろのろと顔を上げ、なにが起きたのかとのぞき込んだおじいさんは思わず目を疑った。
「キャミソール・・・」
おばあさんはその着物の下に、キャミソールを着ていた。薄桃色の、申し訳程度にフリルが付いたとても簡素なものだったけど、おばあさんにとてもとてもよく似合っていた。
おじいさんは立ち上がってタンスを探ってみた。白、桃。あと2枚、キャミソールが入っていた。新品ではなく、何度か使ったらしく、肩ひもが取れてるものもあった。
おじいさんは目を細めて笑った。ああ、そうかい。
おばあさんは、きっとおじいさんを喜ばせたくてキャミソールを買ったのだろう。でも、恥ずかしくて見せられなかった。何度も何度もおばあさんは着てみたけど、やっぱり何度も何度も恥ずかしくて見せられなかったのだ。
「ワシもアホやけど、アンタもバカやねえ」
似合いの夫婦や。おじいさんはそう言って、また目を細めて笑った。その目尻を、つつうと、光るモノが流れた。
おじいさんが亡くなったのは、それからちょうど1年後のことだった。訪ねてきた息子は、おじいさんが倒れた部屋に、奇妙な景色を見つけて立ちすくんだ。
無数のキャミソールが、ホチキスの針で部屋中に飾られていた。赤、白、桃。爛漫と咲き誇る下着の花を見て、息子はああ、と思った。
おじいさんが、おばあさんと初めて出会ったのは、寛永寺の桜の木の下だったという。戦争に出かけ、シベリアに抑留され、運良く生き延びてなんとか帰国したその日も、満開の桜が咲き誇っていたという。その花の下で、二人はまた出会ったのだと。
――おじいさんは、またおばあさんに出会えたのだろうか。
ちりん、と風鈴を鳴らして、風が駆け抜けていった。さざめくように咲き誇る花の下で、おじいさんはいつものように、目を細めて笑っているように見えた。
Posted by MAD at 00:27│Comments(0)
│駄文。
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