超ラノベ風妄想バトン。その2。

MAD

2007年12月12日 00:01


2、【NORIMITSUさん】は実は人間ではなかった。

「“赤靴教団”(ダンス・マカブル)――?」
「ああ、そうだ」

 NORIMITSU。丸一日眠り続けた後、目を覚ました男はそう名乗り、自分が追われていたわけを語り始めた。話の合間に、両手に握った牛肉をがぶりと食いちぎる。頬を、赤い液体が伝った。生肉だった。火を通すと、ビタミンが壊れる。そう言って火を通すのを頑として断り、なぜか生味噌を塗りたくった3kgの生肉を平らげたその男に、瀕死の重傷を負った昨日までの面影はどこにもなかった。人間離れした、いや人外の回復力だった。

「中世の悪魔教団に端を発する、秘密結社だ。その力によって世界の音楽業界を牛耳り、支配してきた。俺たちダンサーは、奴らの命に従い、死ぬまで踊り続けなけりゃならない。そう、まるで中世の“呪いの赤い靴”の伝説のようにな」

 言って、NORIMITSUはドン!とベッドを叩いた。

「俺は、それが許せなかった。ダンスは、断じて金稼ぎの手段なんかじゃねえ! 管理されるモンでもねえ! 心奥より湧き出づる熱情の発露! それがダンスだ! そして俺は奴らに戦いを挑んだ!」
「いやあの、ちょっと声下げてもらいます? ご近所の耳が・・・」

 聞く耳持たず、NORIMITSUはガリリ、と頭をかいた。

「だが、この体たらくだ。力が、足りねえ。奴らに対抗するには、アレを目覚めさせねえと・・・」

 俺は思わず、にじり足で3歩下がった。しまった。どうやらイタイ人を拾ってしまったらしい。安易に、仏心を出したのが失敗だった。どうやって、お引き取り願おう?

 その時、ドンドンと、部屋の扉を叩く音が聞こえた。ああ、ご近所さんだ。こんな夜半に、あんな大声で電波なこと叫んでたんだもんな。そりゃ、怒るよな。

 俺は慌てて腰を上げ、ドアへと駆けよった。

「ああ、ごめんなさい! 今あけます!」

 そう言った俺の眼前で――。

 轟音をたてて、ドアが吹っ飛んだ。

「えええええ!?」

 前を見た俺は、目を疑った。サラリーマン。女子高生。魚屋。工員。警察官。なんの共通性もない集団が無慮十数人、そこにはひしめき合っていた。いや、共通点がたった一つ。


 虚ろな瞳。


 ふいに、女子高生が右手を挙げた。その手には、ネコのイラストのついたシャーペン。ああ、なんで女はあんなの好きなんだろなー。と、ボケた感想を抱いてる俺の目玉に向かい、女子高生はそのシャーペンを力一杯突きだした。

「うわああああ!?」

 のけぞって必死に避けた俺を、焦点の合わない瞳が一斉に追った。サラリーマン。女子高生。魚屋。工員。警察官。よく見るとその手には、皆ギラリと光るなにかを持っていた。カッター。シャーペン。包丁。ハンマー。そして、拳銃。

 ずいっと、奴らがそろって、前に出た。こりゃ洒落にならん。後ずさりする俺の横を、黒い颱風が駆け抜けたのは、その時だった。

「えひゃい!?」

 最初に吹っ飛んだのは警官。ついで工員が、ダンプカーにでもぶっ飛ばされたかのような、ものすごい勢いで吹っ飛んでいった。NORIMITSUだった。逆立ちした、奇妙な状態で蹴り飛ばしたのだと分かったのは、それからしばらくしてのことだ。

「ちぇい!」

 裂帛の気合いが夜気を切り裂き、ゴウン!と音を立てて丸太のような足がうなる。今度は魚屋とサラリーマンが吹っ飛んだ。

「か、カポエィラ!?」

 思わず漏らした俺の言葉に、NORIMITSUがニッと笑った。かつて両腕を鎖で繋がれた奴隷達が、自由を求めて編み出したというブラジルの格闘技カポエィラ。農園主達の警戒を誘わぬよう、ダンスの練習に見せかけて修養されたというそれは、“武闘”と言うよりまさしく“舞闘”。――舞うような、闘いだった。

「行くぞ!」

 前を遮る男達をなぎ倒し、道を切り開いたNORIMITSUは、俺の首根っこをひっつかんで走り出した。

「ちょ、行くってどこに!?」
「逃げんだよ! “眠り男(チェザーレ)”が来たってことは、どっかに“バード”がいる!」
「なんだその厨設定!? 意味わかんねえよ!?」

 そう叫んだ俺だが、程なくその意味を知ることとなる。逃げる俺たちの前に立ちふさがった、黒衣の男。そいつによって。


「来やがったか!」

 隣でNORIMITSUがそう叫ぶのが聞こえた。

「やっト巣穴かラ出てきタか。今度ハ逃がさンぞ」

 男は奇妙なイントネーションでそう言うと、くつくつと笑った。

「さア、狩りノ時間ダ」

 前触れもなく、街灯が一斉にパン、と弾けた。しばらくして、キィーンという耳鳴りが俺を襲う。ガシャンガシャンとガラスの割れ砕ける音が響き、月下の地面に繚乱と舞った。

 そして、月光の下、俺は見た。その男の顔を。人心鳥頭。男はインコの顔を有していた。

「なんだよ!? なんだよあれ!?」

 そう叫びながら、俺は直感していた。あれは本物だ。あれはヤバイ。身体の奥底で、本能がガンガンと危険信号を乱打していた。

 インコ頭の嘴が開く。そこからなにが放たれているのか、次の瞬間、横っ飛びに逃げたNORIMITSUの後ろにあった電柱が、まっぷたつに折れて砕けた。

 ド・・・ォーン!!

 電気の供給を絶たれ、ふっと、周囲の家屋からも明りが消える。だが奇怪なことに、これほどの騒ぎを起こしても、誰も出てくる気配もなかった。

「ちぃっ、これは本気でヤバイか!」

 NORIMITSUはそううめくと、やおら俺の方を見た。

「おい! 今から俺の言う言葉を繰り返せ!」
「え?」
「時間がねえ! そうは避け続けれねえ! 行くぞ!“夫神は唯一にして御形なし!”」
「え、ええ!? そ、それかみは、ゆ、ゆいいつにしてみかたなし!」

 その瞬間。

 ゴゥンと音を立てて、俺の血液が沸騰した。

「虚にして霊有、天地開闢て此方国常立尊を拝し奉れば、天に次玉、地に次玉、人に次玉、豊受の神の流を宇賀之御魂命と生出給ふ!」

 すらすらと、NORIMITSUの唱える言葉を追って、俺の口から神言が漏れ出る。

「永く神納成就なさしめ給へば、天に次玉、地に次玉、人に次玉、御末を請う、信ずれば天狐地狐空狐赤狐白狐、稲荷の八霊、五狐の神の光の玉なれば、誰も信ずべし心願を!」

 それは、奇妙な感覚だった。知るはずはないのに、識っている言葉。身体の奥底に刻み込まれたなにかが、奔流のように溢れ出してきた。

「以て空界蓮來、高空の玉! 神狐の神鏡位を改め、神寶を於て、七曜九星二十八宿、當目星、有程の星、私を親しむ!」

 その時インコ頭の放った衝撃波が、ついにNORIMITSUを捉えた。吹っ飛び、壁に叩きつけられるNORIMITSU。だが、俺は心配しなかった。大丈夫。間もなく、祝詞は完成する!

「家を守護し、年月日時災無く、夜の守、日の守!」

 叫ぶように謡いあげながらNORIMITSUが立ち上がる。石壁を砕くほどの打撃をくらいながらも、微塵もダメージを感じさせない。なにかが、NORIMITSUの中に流れ込んでいた。弾けんばかりに、NORIMITSUと、そして俺の中をなにかが満たしつつあった。

「「大成哉! 賢成哉! 稲荷秘文慎み白す!!!」」

 そして、俺たちが同時に叫んだ、その刹那――。


 爆発のような烈光が、NORIMITSUを包んだ。

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