超ラノベ風妄想バトン。その5.5。

MAD

2007年12月14日 00:01


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「「太夫(こったい)」」

 不意に、後ろからそう呼ぶ声がした。振り向きもせずに、則光は答えた。

「金狐に、銀狐か。久しいわね」
「「は。太夫におかれましても、息災のご様子にて、恐悦至極に存じます。御方様もことのほかお喜びのご様子にて」」
「主上も? やれやれ。あとでたっぷりとお仕置きされるんだろうなあ」

 苦笑して、則光は振り返った。年の頃は10前後か。赤の着物をまとい、金髪と銀髪とをそれぞれおかっぱに切りそろえた、京人形のように可愛らしい、双子とも見える禿(かむろ)姿の幼女が二人、胸の前で袖を合わせ、深々と礼をしていた。

 いつ現れたのか。どこから入ったのか。忽然とわき出でたかのごとく現れたその姿に驚きもせず、則光は言葉を続けた。

「先の騒ぎは?」
「「ガス爆発ということで、処置しておきました。近隣住民にはそれぞれ記憶を植え付け、関係所管にも根回し済みです」」

 磁器のように硬質で艶やかな肌に、なんの感情も感じさせぬ無表情を浮かべて、二人が同時に同じ言葉を返した。寸分の狂いもなく対称に動くその姿は、金銀に分かれた髪さえなければ、間に鏡でも置いているかのようだった。

「ありがと。さすがに動きが早いわね。男衆は借りられた?」
「「白母衣衆が100。管狐は2000ほど」」
「そんなに? それじゃあ本社の置屋、空っぽじゃない。大丈夫なの?」
「「さて? 我らは太夫付の禿ですから」」

留守がどうなろうと知ったこっちゃございませぬ。涼しい顔でそう言う幼女を、則光はあきれた顔で見ていた。
「「それからもう一つ」」
「まだあんの?」
「「飯縄山と豊川の太夫も、格子に散茶を引き連れお出ましに」」
「ちょ!?」
「「祐徳、笠間、最上、竹駒のお歴々も、御用が片づき次第、押っ取り刀で参上仕りますゆえ、今少しお時間を、と」」
「全国の“大社”級稲荷の“太夫”がNo.2、3つれて総集結て、どことの総力戦よ!? そんな豪華メンバー、祖師様がお越しの時でも見たこと無いわよ!? 懐かしの東○マンガ祭り!?」
「「我らが太夫は、まこと人気者にあらせられる」」

 うそぶいた金狐と銀狐を憎々しげに見やると、則光は困憊の態でどっと肩を落した。

「ちょっと留守にしただけじゃない」
「「先にお姿をお見せになられたは、阿波の狸合戦の折でございましたか。200年は、普通“ちょっと”とは申しません」」
「いやあ、光陰矢の如しって本当ねっ」
「「皆様は別のご意見をお持ちのようで。全国稲荷数万社筆頭にして、日の本の霊狐が総領たる“松位”太夫の自覚とあり方について、ぜひ一度ご意見を交換いたしたく、出入り後に一席お設けいただくよう、切にお願い申しあげます、とのお言葉でございます」」
「ひぃぃぃぃっ!?」

 ヤバイ。これはヤバい。本気でヤバイ。終わった後、どうやって逃げよう? 思わず後ずさった則光は、そこで眠る男ののんきな寝顔を見て、苦笑を漏らした。

「ま、いっか」

 言って、その寝顔に触る。

 ――“管持ち”の筋だなんて、よく信じたものね? あれはウソ。管狐使い風情が、天狐たる自分を使役できるものですか。多分、あなたはあの人の末裔。

 愛おしそうにその頬をなぜながら、則光は呟く。

 ――私を置いて消えながら、自分はちゃっかり連れ合い見つけて子供まで作って。まったく、憎らしい男。

 分かってはいた。彼はそうするしかなかったのだと、頭では分かっていたのだ。“天狐”たる彼女の力は絶大だ。それを使役する陰陽師の力は、一人で万の軍勢に匹敵する。連れて行けば、秀吉をはじめ、諸国大名のあらぬ疑いを招いたであろう。それに、彼女は“太夫”。連れて行けばお社にまで累が及ぶ。彼の決断は、本人よりむしろ、彼女とその係累を護るための選択だった。だがそれでも、「ともに行こう」と言って欲しかった。

 ――だからこれは、ささやかなお返し。今度は、私があなたを置いていってあげる。

 膝をついて、則光がかがんだ。400年前、自分を使役した男にどこか似た顔に、唇が近づく。冴え冴えと降りかかる月光の下、二つの影が、交差した。金狐と銀狐は、礼儀正しく手で目を覆い、指の隙間からそれを見ていた。


「じゃあ、行ってくるね」


 音もなく則光は立ち上がった。すっ、と部屋の入り口に目を向けると、立てかけてあった扉がパタリと倒れた。時は師走丑三つの時。寒風吹きすさぶ扉の向こうには、道が一直線に伸びていた。先の闘いで割れた街灯は、いまだ修復されていない。煌々と照らす満月の下で、道は青黒く濡れ光っていた。

 その道の両側を、白一色の忍び装束をまとった男達がずらりと、片膝をついて座っていた。各々、「則」と書かれた提灯を右手に持ち、肩口にオコジョに似た獣を載せている。顔は、狐の面を付けていて見えない。微動一つ、しわぶき一つ漏らさぬその姿は、さながら神社の狛狐の態であった。

「200年振りの太夫道中ね」

 いや、ここは東京ゆえ、花魁道中か。一人ごちると、則光が外へと踏み出した。かたわらから、同じく狐の面を付け、着流しの服をまとった男が傘を差しかける。「伏」一文字の、長柄蛇の目の道中傘だ。

 金狐と銀狐が先立てに立った。則光が後に続く。夜桜紋様の打掛けの下には、縫箔刺繍の三枚重ね。首筋からのぞく朱の衿は、かつて宮中出入りを許された島原の太夫の、正五位の証を模したものだ。下唇にだけ塗った紅が濡れ光り、元禄島田の鬢に刺したかんざしが、夜風に揺れてしゃらりと鳴った。歩く姿は、内八文字。カツリ、カツリと歩を進めた則光は、居並ぶ白母衣衆を睥睨し、あることを思いついてニッと笑った。着物のすそをサッとからげ、染み一つ無い真っ白な脚を太股まであらわにすると、三枚歯の黒塗りの下駄を高く掲げ、タップを踏むようにリズミカルに地面を蹴る。

 カッ。カッ。カーン! カッ。カッ。カーン!


「一打ち、二打ち、三流れ。――おのおの方。討ち入りでござる」


 山鹿流の陣太鼓を模した下駄の音と、気取ったその言い様に、仮面の下で、男達が確かに笑うのを、則光は見た。



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 東京都渋谷区上原、日本音楽者作権協会本部。地下13階特別執務室。

 執行役員でも限られた人間しか知らない、本部の陰の中枢である。その深奥に、男は座っていた。

「炭焼き小屋にしちゃ、綺麗すぎるわね」

 執務室の直結するエレベーター。そこから響いた声に、男は顔を上げた。

「上はもう、制圧したわ。吉良殿、お覚悟召されよ」
「『赤靴教団』極東支部長ミネルヴァだ」

 ちゃらけた台詞に、腹の底に響くようなバリトンが返した。マホガニーの執務机に手を置いて、黒檀の杖を支えに立ち上がった男の顔は、梟の形をしていた。則光が、ヒュウと口笛を吹いた。

「『赤靴教団』4人の最高幹部(マエストロ)の一角にして、その“頭脳”ミネルヴァ殿が、まさか鳥頭とはねえ。鳥頭は、“力”では獣頭にかなわないって聞くけど?」
「人は見かけで判断せぬ方がいいと、ベチエリガに言ったのは君だと聞いたが?」

 聞き慣れぬ名前に、則光が小首をかしげた。

「ベチエリガ? ・・・ああ、インコ頭の事?」
「左様。それに、私は指揮者だ。指揮者が、演者と同じ腕を持つ必要はない」
「お説ごもっとも。でも、いくら頭が良くても、殴り合いには勝てないわよ?」

 右腕をぶんぶんふりまわしながら、にこやかに笑う則光の顔を、ミネルヴァは端然と見返した。

「かもしれぬ。だが、引くわけにはいかん。我らが、正義のために」
「正義? お年寄りが趣味でやってるお店の、生演奏をやめさせたりするのがあなたの言う正義なの?」
「大事の前の小事だ」
「ファシズムね。この守銭奴」

 皮肉を込めた則光の声にも、ミネルヴァの視線は揺るがない。

「我らがファシストなら、さながら貴様らは奴隷制信奉者だな」
「・・・奴隷制?」
「ああ。貴様ら大衆は、何千年もの長きに渡り、才能ある者を搾取し続けてきた。フォスターを知っているかね?」
「アメリカの作曲家の? 『夢路より』とか『スワニー川』とかを作った人でしょ?」
「そう。他にも『草競馬』や『ケンタッキーの我が家』など、今なお愛唱される名曲を作った、不世出の作曲家だ。だが彼は妻にも見捨てられ、貧困のうちに死んだ。なぜだか分かるかね?」
「さあね」
「著作権がなかったからだよ。彼の曲は発表されるや瞬く間に全米に広がるほどの人気を誇っていたが、儲かるのは譜面業者だけだった。作品は二束三文で買いたたかれ、無数のコピーを産んで拡散した。それは数万、数十万部にも及んだが、フォスターの元には一銭も入らなかった」
「・・・」
「君の挙げた『夢路より』は、彼の最期の作品だ。正式名を『Beautiful Dreamer』という。安ホテルで血にまみれ、栄養失調とアル中の身体にその譜面を抱きながら、フォスターは死んだ」

 ミネルヴァはそこで言葉を切り、くつくつとわざとらしい笑声をこぼした。

「皮肉だとは思わんかね? 誰よりも音楽を愛し、音楽に愛されながら大衆に食い物にされた男。彼の遺した曲が『Beautiful Dreamer』だ」

 カン!とミネルヴァがその手に持った杖の石突きで、床を打った。それほど強く打ったわけではなかったが、閉じられた部屋に、その音はやけに大きく響いた。

「二度と彼のような悲劇を繰りかえさせはしない。我らこそ“夢見るもの”。夢路をたどり、夢の国を目指すものだ。その道が、“大衆”という愚者を踏みつけねば進めぬ道だとしても、我らは立ち止まらぬ。足下がその血で朱に染まろうとも、悔いはせぬ」

 肩をそびやかし、ミネルヴァは傲然といい放った。

「我らは“赤靴教団”。血に染まりし靴で、夢の国を目指す者。その旅を妨げようとする者は、何人たりとも容赦せぬ」

 ごうっと音を立てて、ミネルヴァの周囲を風が巻いた。引き結んだ嘴の上では巨大な梟の瞳が、鉄の意志を抱いて、炯々と輝いていた。

 沈黙が降りた。永遠にも思える数瞬のあとで、先に口を開いたのは則光だった。

「その“夢の国”ってな、ネズミーマウスのいる、千葉のアレ?」
「なに?」
「『羮に懲りて膾を吹く』ってことわざがあってねー」

 気の弱いものなら、それだけで正気を失いかねないほど強烈な光を宿したミネルヴァの視線をあっさり受け流し、ボリボリと、頭をかきつつ則光は言う。

「フォスターは可哀相だと思う。悪いことしたなー、って思う。でも、アンタ達はやりすぎだ。夢の国? そんなの、地獄だ」
「天国さ」

 再び、沈黙が降りた。破ったのはまた、則光だった。

「・・・話し合いの余地はないってわけかい」
「お互いにな」
「なら、力尽くで止めるしかないね」

 ミネルヴァは眼前に右手を挙げた。轟っと音を立てて、紅蓮の炎が黒檀の杖を包んだ。

「お前に、止められるかね?」

 ニィッと口角を上げて、則光が笑った。

「誰に物を言っている? “悪魔憑き”風情が」

 突如則光の後ろに、突如幾十、数百の青白い狐火が出現した。鋭い牙が口蓋より顔をのぞかせ、瞳が、深紅の光芒を宿す。

「神州狐族が総領“太夫”則光。参る!」
「“赤靴教団”大幹部(マエストロ)ミネルヴァ。来い!」

 爆雷のごとき破壊の風を帯びて、二つの影が交錯した。



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